「こうもり」に対してどのようなイメージをお持ちですか?何となく暗くて、不吉なイメージを持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、「こうもり」を漢字で書くと「蝙蝠」。中国では、「蝠」が「福」の同音ということで、蝙蝠は吉祥性の高い動物とされ、その思想から日本においても長らく吉祥の動物としてデザイン化されてきた歴史があります。
例えば、歌舞伎役者の市川団十郎は吉祥性から蝙蝠を替紋の一つとしました。江戸時代に出版された役者絵にも蝙蝠の衣裳を着用した姿で描かれています。
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「絹川伊右衛門 市川団十郎」立命館ARC蔵(arcUY0106)
また、江戸時代末の随筆『寝ぬ夜のすさび』(1846頃か)には、「蝙蝠の模様 此四五年前より、蝙蝠のはやる事夥(おびただ)し」と蝙蝠文様が流行していた様子がうかがえます。吉祥性の高さや人気歌舞伎役者の家紋であること、流行もあいまって、蝙蝠文様の型紙も数多く確認することができます。
株式会社キョーテックが所蔵する型紙約18000枚の内、蝙蝠が登場する型紙は現在、56枚を確認しています。その中からいくつかを例に挙げ、蝙蝠文様がどのように人々に親しまれていたのかご紹介したいと思います。
こちらの型紙は、三升紋と蝙蝠の組み合わせで歌舞伎役者の市川団十郎を示していることがわかります。背景には「三筋格子」も使用されていて、市川団十郎に因む文様尽くしになっています。このような蝙蝠と三升や三筋格子といった組み合わせの型紙は多く、市川団十郎に対する人気がうかがえます。(KTS10322)
こちらの型紙は、桜、流水、蝙蝠がデザインとして使用されています。よく見てみると、縞の太さにより、桜、流水、蝙蝠の輪郭が表現されています。細い線を巧みに利用している様子は、拡大してみないとわかりませんね。また、横向きにも線が入っていますが、これは「糸入れ」と言って、染色する時に文様が壊れてしまわぬよう、絹糸により補強がなされています。(KTS01783)
最後にご紹介する型紙は、蝙蝠と傘をあしらった型紙です。一見して、蝙蝠とこうもり傘を掛けたデザインだとわかるでしょう。「こうもり傘」は「和傘」に対して西洋風の傘を指して使われる言葉で、蝙蝠が羽根を広げた様子に似ていることから名付けられたそうです。こうもり傘の用例を紐解いてみると、1868年(慶応4)版『西洋衣食住』に初めて登場したようで、それ以前の使用例はないようです。そのため、蝙蝠とこうもり傘の組み合わせそのものが、「こうもり傘」が世の中へある程度広まってから考案されたと考えられます。そのため、この型紙は少なくとも1868年以降に制作されたと推定されます。型紙の制作年代を特定することは困難な場合が多いので、デザインから制作年代を推定できる珍しい例といえるでしょう。
傘と言えば、和傘よりもこうもり傘を思い浮かべる現代ですが、デザインのルーツを探ってみるとまた新しい発見があるものですね。