鳳凰は想像上の鳥で、体の前は麟(りん)、後ろは鹿、頸は蛇、尾は魚、背中は亀、顎は燕、くちばしは鶏に似ているといわれています。桐の木に宿り、徳の高い君子が天子の位につくと現れる瑞鳥とされました。古代中国から伝わった鳳凰は、日本文化においても尊ばれてさまざまな装飾に使用されています。
たとえば、江戸時代に刊行された紋帳には、図のように家紋としても掲載されています。さらに身近なところでは、現在の一万円札にも鳳凰が使われています。想像上の鳥にも関わらず、文化や生活に深く根付いているモチーフの一つといえるでしょう。
『当流/紋帳図式綱目』宝暦12(1762)年(arcBK02-0010)
立命館大学アート・リサーチセンター蔵
布地を染色するための型紙にも鳳凰は使用されていて、キョーテックコレクションには44枚に鳳凰を確認しています。その中からいくつか紹介しましょう。
こちらの型紙は、中央部に鳳凰が大きくあしらわれ、右下に桐が突彫により彫刻されています。突彫は、鋭く尖った薄い刃先を使って彫刻するため、絵画的な表現を得意としています。そのため、曲線もなめらかに表現できますし、羽根や葉脈なども細部まで彫り込まれています。また、線の太さも自在に調整できるので、桐の葉の輪郭と葉脈とでは線の太さが異なっています。
鳳凰と桐は、鳳凰が桐の木に住むといわれているため、組み合わせとしてしばしば見受けられます。
(KTS17789)
次の型紙も同じく、桐と鳳凰の型紙です。しかし、錐彫と呼ばれる半円の彫刻刀を回転させて小さな円を彫刻する技法が使用されているため、先ほどの型紙と印象が異なると思います。小さな円を並べることにより、曲線が表現されていますが、少しでも円を彫刻する位置がずれてしまうと、美しい曲線に見えません。一つ一つの円を集中して彫刻することで生み出される線です。また、桐の葉や鳳凰の脚や羽根の先端は突彫により型紙を彫り抜いています。彫刻技法を織り交ぜてあるため、布地へ染色したときもアクセントになるでしょう。(KTS05356)
最後に紹介する型紙は、錐彫による鳳凰です。遠目からでは非常にわかりにくいのですが、拡大してみると小さな円の集合によって鳳凰のシルエットが表現されています。先の2枚の型紙と違って簡略化されていますが、鶏冠や長い羽根から鳳凰とわかるのではないでしょうか。型紙に彫刻される小さな円は、均等な間隔で彫刻されているため、鳳凰のシルエットが浮かび上がるように見えます。隣り合う小さな円同士が繋がってしまえば、デザインは崩れてしまいますので、高い彫刻技術から生み出された型紙であることがうかがえます。(KTS07163)