アヤメ科の多年草である杜若は(燕子花とも)といえば、尾形光琳による国宝「燕子花図」(18世紀・根津美術館蔵)を思い出す人も多いのではないでしょうか。
杜若は、古くは『万葉集』(8世紀後半にも登場し、現在に至るまで日本の文化の中に根づいてきました。美術・工芸作品にも杜若は数多く意匠として用いられてきましたが、ここでは浮世絵と型紙からどのように杜若が文様として表現されてきたのか、一部を紹介したいと思います。
「八百屋お七 岩井杜若」arcUP2498 立命館ARC蔵
はじめにご紹介するのは、歌舞伎役者を描いた「役者絵」に描かれる杜若の衣裳です。初代岩井杜若(五代目岩井半四郎)が扮するのは「八百屋お七」という若い娘役。その振袖には、「丸に杜若」が配され、役者の名前にちなんで衣裳が描かれています。
歌舞伎役者が家や名前に因む衣裳を着用したり、絵に描かれたりすることはよくおこなわれ、現在も継承されています。
続いてご紹介するのは、布を染めるために用いられた型紙です。この型紙には杜若の花、茎、葉が全体に配されています。
この型紙は「錐彫」と「突彫」によって彫刻されています。錐彫は、非常に小さな経に整えられた半円もしくは円形の彫刻刀を型地紙にあて、回転させることで小さな孔を彫刻する技法です。小さな孔を並べていくことにより杜若の輪郭線を作りだしています。一つ一つの孔が等間隔で並んでいるからこそ、きれいな輪郭線になっています。
一方、おしべとめしべの部分は突彫によって彫刻されています。突彫は、薄くて鋭く整えられた彫刻刀を型地紙に当てて切るように直線や曲線を彫刻します。自在に彫刻刀を動かすことができるので、絵画的な表現を得意としています。(KTS00249)
次にご紹介する杜若の型紙は、突彫と道具彫を併用して彫刻されたと考えられます。道具彫とは、菱形や楕円などさまざまな形に整えられた彫刻刀を型地紙に押し当てて彫り抜く技法のことです。この型紙では、おしべとめしべの箇所に使用されているように見受けられます。この型紙全体に杜若が配されていますが、それぞれが小さな菱形におさまるように構成されています。そのため、型紙全体を眺めると杜若の花によって構成された菱形の外側に直線が浮かび上がって見えてきませんか。線がひかれている訳ではありませんが、うまく人間の視覚を利用しているようなデザインです。(KTS02530)
最後にご紹介する型紙は、杜若の花の部分だけが全体に散らされていて、突彫によるものです。また、花弁は輪郭線がなく、ぎざぎざとした「面」によって構成されています。輪郭線に頼らず、ぎざぎざとした線が使われることにより、杜若の花が絣や絞りのような独特の風合いに仕上がっています。そして、この鋸刃のような表現も拡大してみると、一つ一つ微妙に形が異なっていて、手仕事の様子が垣間見えます。(KTS09406)