昔、黄河の急流にある「龍門」という滝をのぼろうと多くの魚が試みましたが一部の魚だけがのぼることができ、やがて竜に化したという中国の故事があり、鯉が滝をのぼることは立身出世にたとえられます。また、端午の節句の鯉のぼりも男子の立身出世を願って立てられるなど、鯉は立身出世の象徴となっています。このほかにも毎年7月に開催される京都の祇園祭には「鯉山」と呼ばれる山車が登場します。江戸時代前期につくられたとされる檜による大きな鯉は健在で、祇園祭を描いた浮世絵にも描かれています。「皇都祗園祭礼之図」と題された浮世絵の左手には、大きな鯉をあしらった「鯉山」が描かれています。
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「皇都祗園祭礼之図」国福画 文久3年(1863) 立命館ARC所蔵(arcUP2541-2543)
このようにさまざまな場面で立身出世の象徴とされた鯉は、特に男性向けに服飾デザインとしても取り入れられ、型紙にも確認することができます。株式会社キョーテックコレクション約18,000枚のうち鯉をあしらった型紙は現時点で43枚確認しています。ひとくちに鯉といってもさまざまな表現方法があるので、一部紹介していきたいと思います。
こちらの型紙は「錐彫」(きりぼり)と呼ばれる小孔を彫刻する技法によるものです。鯉の目以外は同じ大きさの径の彫刻刀により彫刻されたと推定されます。すべての線が小孔により表現されていて、等間隔に彫刻することで一本の線のようにも見えます。激しい波の中、鯉が必死に泳いでいる様子が大柄で表現されています。
次の型紙は、「突彫」(つきぼり)と呼ばれる先端が尖った非常に薄い小刀を上下に動かしながら彫り進める技法によるものです。同じ鯉を彫刻しても先にあげた型紙とは印象がだいぶ異なります。錐彫よりも突彫の方が、波の荒々しい様子が感じられるのではないでしょうか。また、こちらの型紙は本紙の大部分を彫刻しているので、染め上がりの印象も異なります。
さて、二枚の型紙を比べてみましたが、共通する点もあります。二枚の型紙を重ねてみると二匹の鯉の頭や尾、波の配置、大きさがほぼ重なっているのです。おそらく、このような配置にすると鯉の躍動感が際立つ構図になるためだと思われますが、意外な発見となりました。
最後の型紙は、鯉を「突彫」で表現し、波を「道具彫」と呼ばれる刃先が丸や三角、桜の花弁などさまざまな形をした彫刻刀により作られた型紙です。この型紙の場合は、刃先が楕円形になっていたと考えられます。鯉と波に異なる技法を用いることにより、それぞれのモチーフがはっきりと浮かび上がるように見えるのではないでしょうか。「波に鯉」は一般的な組み合わせですが、彫刻技法によりさまざまな印象を与えてくれます。