千鳥文様は冬の水辺に棲むチドリ科の鳥が空を飛ぶ様子を模していて、古くから親しまれています。現在も千鳥文様は、手拭いや化粧品の容器、お菓子の包み紙などでも目にすることができます。少し歴史を紐解いてみると、歌舞伎役者の沢村家は代々千鳥を替紋(かえもん)とし、江戸時代から明治期に出版された役者絵の衣裳に千鳥が描かれることもあります。次にあげた「白人おかる 沢村田之助」には、幕末から明治期にかけて活躍した代表的な女形である三代目沢村田之助(1845-1878)が描かれ、団扇とキモノの裾に千鳥が配されています。
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「白人おかる 沢村田之助」文久2年(1862)
(arcUP2963)立命館大学アート・リサーチセンター蔵
また、京都の先斗町では千鳥が紋章として採用され、通りを歩くと千鳥が描かれた提灯を目にすることができます。冬の鴨川に飛来する千鳥の情趣を採り入れ、明治5年(1872)に「鴨川をどり」が初めて開催されたときに創案されたそうです。
布地を染めるために使われた型紙にも千鳥文様は登場し、株式会社キョーテックコレクション約18,000枚には、約80枚の型紙に千鳥文様を確認しています。現在は丸くて愛らしい形をした千鳥文様が主流になっていますので、その中からいくつかご紹介したいと思います。
上の型紙は千鳥が全面に配されて様々な方向に向き、パターンとして繰り返されることを意識した配置になっています。加えて、羽根を広げたりくちばしを開いたりするなど、さまざまな千鳥の表情をうかがうことができます。この型紙は錐彫(きりぼり)と呼ばれる半円の彫刻刀を回転させて、小さな円を彫り抜く技法によるものです。また、ちょうこくされた粒(円)の大きさが違うため、径の異なる二種類の道具を使用して彫刻しています。千鳥の内部は、さらに細かく七宝文様や松、青海波、石垣文様などが彫刻されています。
続く二枚目の型紙は、蝶と蟹がメインのデザインですが、左には「波に千鳥」が配されています。蟹が水辺に因むことから「波に千鳥」が選択されたのかもしれません。また、蟹が登場する型紙はあまり頻繁には見かけませんので、珍しいデザインの型紙といえるでしょう。この型紙は、本紙の大半が彫り抜かれているため、絹糸により文様が壊れるのを防ぐ「糸入れ」がほどこされています。図のように、蟹の周囲を拡大してみるとよくわかると思います。非常に細い糸ですがとても頑丈で、防染糊を型紙の上から塗布するときにも影響はなく、さらに糸があってもきちんと糊を塗布することができます。糸入れもまた、多様なデザインを染色するために欠かすことのできない技法です。
最後に「波に千鳥」をアレンジしたと思われる型紙を紹介します。千鳥は、水辺を飛ぶ様子から「波に千鳥」として水と一緒にデザイン化されることがよくあります。しかしこちらの型紙は、波を竹に、千鳥の羽根を笹にアレンジしています。どのような意図があったのか定かではありませんが、「竹に雀」という画題がありますので、それを意識して「波に千鳥」にアレンジを加えたのかもしれません。こちらの型紙は、現実に存在し得ないデザインですが、自由に発想して型紙に形作られていった様子がうかがえます。