日本の伝統的な文様の中に、伊勢海老を描いたものがみられます。海老は「老」の字があてられているように、腰の曲がった姿から不老長寿の象徴とされ、吉祥文様の一つとされてきました。現在もお祝い事には海老を食べるなどの習慣が継承されています。
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「土左衛門伝吉 市川海老蔵」arcUP2497 立命館ARC蔵
江戸時代に大変人気のあった歌舞伎は、人気役者の名前や家紋がデザイン化されて至るところに登場します。たとえば、役者絵の衣裳や小物へ描き込まれ、絵師の遊び心が垣間みえます。
こちらは、役者絵の名手といわれた初代歌川国貞による五代目の市川海老蔵(前名七代目市川団十郎)の姿です。海老色の褞袍に白で「寿の字海老」が大きくあしらわれ、海老の姿と「寿」の字を組み合わせたデザインになっています。衣裳の色からデザインまで海老蔵にちなんでいます。また、この役者絵は正月の上演に際して出版されたので、役者の名前のみならず、新たな年を祝う意味でこのようなデザインで描いたと考えられます。現在の私たちが見ても非常に斬新で大胆なデザインです。
このように、海老は吉祥文様として、時には人気役者のトレードマークとして親しまれてきたので、布地を染めるために使用された型紙にも海老文様が同じような意味合いを持って表現されています。海老文様の型紙をキョーテックコレクションからいくつかご紹介したいと思います。
キョーテックコレクションには約18,000枚の型紙が所蔵されていますが、その内、海老文様の型紙は現在15枚ほど確認しています。
こちらの型紙は、全体に海老と松、波が「錐彫」とよばれる半円形の彫刻刀を回転させて小孔を彫り抜く技法により、表現されています。均一の小孔を直線、あるいは曲線で彫刻していくことにより、それぞれのモチーフの輪郭となります。特に海老の周囲は輪郭とは別に小孔を密集させています。そうすることで、海老を際立たせる効果を狙ったのだと思われます。(KTS02796)
次の型紙は、小さな海老を全体にあしらっています。いろいろな向きに海老を配置しながらも全体のバランスがとれていて、型彫師の技量があらわれています。こちらの型紙は、おそらく「道具彫」とよばれるさまざまな形の彫刻刀を型紙にあてて彫り抜く技法によるものでしょう。複数の彫刻刀を用いながら、一匹の海老が完成しているのです。全体に丸みを帯びた形状になっていて、かわいらしい印象の型紙です。(KTS08446)
最後にご紹介する型紙は、海老が大きく二匹あしらわれ、写実的に表現されています。こちらも波とともに海老が表現されていて、勢いが感じられる彫刻です。この型紙は「突彫」による彫刻で、絵画的な表現を得意とする技法です。鋭く、薄い刃先により彫り進めていくので、海老の鬚や体の形が現実に近い形で表現されています。拡大してみるとよくわかりますが、海老の輪郭を直線的に彫刻するのではなく、曲線を交えて陰影も表現していて、手仕事による微妙な「揺れ」もみられます。そのため、二次元の海老が立体的にみえてきます。
(KTS17613)